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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1749号 判決 1991年3月14日

原告

溝口二郎

右訴訟代理人弁護士

中嶋進治

被告

株式会社星電社

右代表者代表取締役

後藤博雅

右訴訟代理人弁護士

門間進

角源三

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一  原告

1  被告の昭和六一年四月一二日付け、原告を部長職から一般職に降格する旨の懲戒処分が無効であることを確認する。

2  原告が被告の部長の地位にあることを確認する。

3  被告は原告に対し、金二九八万七五五一円及びこれに対する昭和六三年一〇月二六日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

4  被告は原告に対し、昭和六三年一〇月から毎月二五日限り、金四〇万五〇〇〇円宛、及び昭和六三年一二月から毎年七月一五日限り金六三万円、毎年一二月一五日限り金九五万円の支払いをせよ。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  第三、四項につき仮執行宣言

二  被告

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

(主張)

一  原告の請求原因

1  被告は、家庭電気機械器具の販売卸売等の業を目的とする会社(以下被告会社という。)であり、原告は、昭和三三年に被告会社に雇用され、昭和五七年三月から部長職に就き、昭和六〇年二月二一日からはマーチャンダイジング部物流担当部長の地位にあったものである。

2(一)  被告会社の職位の大系は、社長、副社長、専務取締役、常務取締役、取締役部長、部長、次長、課長、副長、主任、一般とされている。但し、現実の仕事上の役職(部門上での名称)とは一致しないことがある。

(二)  原告の被告会社における経歴は次のとおりである。

日時   職位 担当部署ないし担当事務

昭和三三年 一般 入社、家電商品の販売、配送

昭和三七年 主任 掃除機、洗濯機、季節商品係

昭和四〇年 課長 淡路店教育担当社長室企画課テレビ課等

昭和四四年 次長 三宮本店営業企画担当

昭和四五年 課長 三宮本店家電白物売場長(第一回降格)

昭和四七年 次長 三宮本店販売推進担当

昭和四八年 部長 三愛商事、星電フードサービス出向・常務

昭和五〇年 次長 三宮本店顧客サービス、本社販売推進担当(第二回降格)

昭和五二年 部長 本社販売促進担当、本社ADセンター

昭和五三年 部長 星電プリント出向・常務

昭和五四年 次長 物流部(第三回降格)

昭和五七年 部長 物流担当

3(一)  被告会社は原告に対し、昭和六一年四月一二日、原告においては左記の事由があることを理由として「部長職を一般職に降格する。」「肝障害の治療のため、最低三か月間の入院又は療養を命ずる。併せて禁酒を望みます。」との処分(以下本件処分という。)を行った。

①飲酒運転による免許停止処分を受けた。

②自宅待機中、関係者と接触した。

③商品等の事故を独自の判断で報告せず、その報告書を保管処理とした。

④特便を自己の都合のために不合理な運用をした。

⑤全員朝礼に幾度か遅刻した。

⑥会社の駐車場で宿泊し、酒臭さをもって業務についたことがあった。

(二)  本件処分は、懲戒処分であるところ、懲戒の種類及び内容を定めた被告会社の就業規則六四条では、懲戒解雇、出勤停止、減給、譴責の四種類に限定されており、降格については規定がない。従って、本件処分は無効である。また、右処分は、原告の弁明を十分に聴取しないでなされたものであるから、手続的にも違法・不当なもので、この観点からも無効である。

(三)  仮にしからざるとしても、本件処分は、原告の些細な事由を捉えてなされたもので、被告会社の従業員に対する処分権限ないし人事権の濫用であって、無効である。

一般に降格処分は、一般的な不利益ではなく、過去の実績を相当程度減殺してしまう程重い処分であるから、即時解雇にも付しうる程の事由がある場合にのみ可能であると解されるところ、本件処分の理由(以下本件処分理由という。)はいずれも右に該当しないものである。

4  本件処分がなされた前後の事情は次のとおりである。

(一) 昭和六〇年八月頃、物流部の第一倉庫長の地位にあった原告の部下である訴外渡瀬千尋(以下訴外渡瀬という。)の勤務中の行状等に付き問題があるとして、労働組合から被告会社に対する申立てがあった。

(二) 原告は、右渡瀬問題の調査を指示されたことから、原告の直属の上司である物流部の部長であった訴外下崎と共に訴外渡瀬に面談、指導した。

(三) ところが訴外渡瀬は、同年三月三日課長に訂正された。

(四) 原告は、訴外下崎から、同年三月六日、「訴外渡瀬から後藤営業本部長宛に原告の飲酒に関する告発文書が出されたため、その事実関係の裏付け調査と被告会社の人事委員会で審議がなされているので、追って連絡する。」旨の通知を受けた、次いで同月八日には、翌九日から自宅待機を命ずる旨告げられた(以下本件自宅待機という。)。

(五) 原告は、右自宅待機命令に対して、これはそれ自体根拠のない懲戒処分であって、しかも原告の言い分を聴取しないでなされた一方的な断罪であると抗議したところ、被告会社取締役部長である訴外日出山から、「自宅待機は処罰ではない。原告の弁明を聴く機会は必ず設ける。」旨申し述べられたので、やむをえず翌九日から右命令に従って自宅待機に入ることとした。

また、原告は、被告会社から、「自宅待機は、調査に必要な資料の収集を図りその隠滅を防止するためであるので、その期間中は賃金は支給されるが勤務時間内は許可なく外出してはならない。」と告げられた。そこで原告は、運転免許の更新手続と交通事故による後遺障害の治療のために、右勤務時間内に外出することの許可を得た。

(六) 原告は、同月九日、右運転免許の更新手続に行く途中、部下の訴外本街から神明倉庫で会いませんかと言われたので、右倉庫に立ち寄った。また翌一〇日には、御影外科で診察を受け、勤務地の中央倉庫に通帳・印鑑等を取りに立ち寄ったところ、同月一一日、訴外阪口から、「神明倉庫と中央の倉庫に立ち寄ったことは色々と不利な結果になる。以後の行動は注意してください。」と言われた。

(七) 原告は、同月一七日、被告会社に呼ばれて事情聴取を受けた。

(八) 被告会社は原告に対して、同月二五日、訴外阪口を介して被告会社人事委員会の決定であるとして、「原告を懲戒解雇するが、原告が禁酒し、肝障害治療のため三ないし六ヶ月の期間入院等の治療を受けた後、肝障害が治癒し、原告が断酒していることが確認できれば、その時点から一般職として再雇用する。」との、条件付懲戒解雇(以下本件条件付解雇の意思表示という。)する旨の意思を表示した。

そして右懲戒解雇の理由としては、本件処分事由とされた内の①③④と同旨の事由が挙げられた。

原告は右解雇には承服できないと伝えたところ、訴外阪口は、同月三〇日右条件付解雇を撤回して、「部長職を一般職に降格する」との懲戒処分を通知した。

これに対しても原告は承服しがたい旨を伝えたところ、被告会社は前記のとおり昭和六一年四月一二日、本件処分をなすに至ったものである。

5  原告は、本件処分後は昭和六一年七月一三日に調研勤務の辞令をもらうまでの三ヶ月の期間自宅療養を命ぜられ、自宅に禁足させられた。

原告は、前記根拠のない不当な懲戒処分である自宅待機の期間を含め、昭和六一年三月九日から同年七月一二日までの一二六日間にわたる被告会社の違法な禁足命令により、原告は常に緊張した状態におかれ、強度のストレスに陥り、肩凝り、不眠等の体調異変に悩む等の、甚大な精神的損害を被った。それを慰謝するに足る金額としては金一〇〇万円を下らない。

6  原告は、本件処分前には部長職手当を含め、毎月二五日限り四〇万五〇〇〇円の給料、夏季の賞与として七月一五日限り金六三万円、冬季の賞与として一二月一五日限り金九五万円を得て、昭和六〇年には年間六六六万二四〇〇円の給与所得があった。

ところが、本件処分を受けた後の昭和六一年の年間所得は金五九〇万九二〇四円(その差額は金七五万三一九六円)に、昭和六二年のそれは金五八一万二〇三二円(その差額は金八五万〇三六八円)に、昭和六三年一月から同年九月までの給与総額は金四四八万円(その差額は金三八万三九八七円)に各減じた。

そのため原告は、本件処分により少なくとも右の差額合計の金一九八万七五五一円の損害を被った。

二  被告会社の請求原因に対する認否

1  原告の請求原因1、同2の(一)(二)、同3の(一)、同4の(一)(二)(四)(五)(七)記載の各事実は認める。同3の(二)(三)の各主張は争うが、降格処分については、懲戒の種類等を定めた被告会社の就業規則には、その定めがないことは認める。同4の(八)記載の事実は否認する。同6記載の事実は後記被告会社の原告の賃金等に付いての主張事実と異なる範囲において否認する。

2  同4の(三)記載の事実は否認する。訴外渡瀬は、昭和六一年二月二日付けでラビング事業部副長(呼称は課長)として異動しており、訂正などない。

3  同4の(六)記載の事実のうち、原告においては、昭和六一年三月九日には被告会社の神明倉庫で本街主任と会い、翌一〇日には被告会社の中央物流センターに来たことは認めるが、その余の事実は不知。

4  同5記載の事実のうち、被告会社は原告に対して昭和六一年七月一三日調研勤務の辞令を出したことは認めるが、その余の事実は否認し、その法的主張は争う。

三  被告会社の反論

1  (自宅待機について)

(一) 訴外渡瀬は、昭和六一年二月下旬頃、原告の行状に関する告発文書を被告会社の後藤営業本部長宛に提出した。それは、B判の便箋一三枚、八〇項目にものぼるものでしかもその内容からして、その調査には相当の日時を要するものと見込まれた。そこで、被告会社は、同年三月七日、右調査の過程で事情聴取を要する従業員が原告と社内身分的には上下関係にある等のことから、原告の影響を排除するため、原告に対して、右調査に必要な当分の期間自宅待機を命ずることとしたものである。右のことから明かのように、本件自宅待機命令は、何等かの処分の必要の有無ないし程度を決定するために、証拠資料等の隠滅等を防止してその調査を全うするためになされたものである。それは、原告に対しては暫定的措置として右期間中いわば自宅勤務を命じたもので、原告に対する賃金は支払われるものである。

(二) 従って、本件自宅待機は、右の性質内容からしてそれ自体が懲戒処分でないことは明かである。

2  被告会社の原告に対する本件処分の理由は、前記記載のとおりであるが、詳細は以下のとおりである。

(一) 「飲酒運転による免許停止処分を受けた」ことについて

被告会社においては、昭和五九年二月、被告のもとの管理職が飲酒運転を行った挙げ句パトカーを破損するという事件が発生したため、同年三月には飲酒運転を厳禁する旨を各管理職に通達し、注意を促していた。

原告は、これを熟知していたにもかかわらず、同年六月と一二月に飲酒運転により検挙され、その結果免許停止処分を受けたものである。

被告会社は、この行為の存在を本件処分の直前にようやく知るに至ったのであるが、同行為は、右通達に違反するものであるばかりでなく、地域社会と密着する被告会社の業態に対する自覚に欠けるものであった。

(二) 「自宅待機中関係者と接触した」ことについて

原告は、部長という地位を利用して、世論が欲しいと言って部下に嘆願書を出すように要請する等して、自己の立場が有利になるように働きかけた。すなわち、昭和六一年三月九日には、神明倉庫等で部下である本街、川等と面談したうえ、勤務時間中の本街を二時間程度近所の喫茶店に連れだし、翌一〇日には、中央倉庫で本街他三名の部下と会っている。そのため、原告に対する嘆願書なる匿名の文書が被告会社に提出されるなどして、職場に波乱が生じる状態になった。

(三) 「事故報告を独自の判断で、未報告、保管処理した」ことについて

原告は、業務上生じた各種の事故に関する報告書を自分の部門にとどめておく裁量権は与えられていないにもかかわらず、部下から提出された事故報告書一六件余を社内規則(自己報告書処理手続規定)に違反して独自の判断で保管処理する等して、報告を故意に怠った。

被告会社においては、右事故報告書を本社に提出することは、右規則に従って一般的に励行されていた。

(四) 「特便を不合理に運用した」ことについて

原告は、家族の荷物を被告会社の運送便を使用して運ぶという公私混同の行為があった。また、商品の売上金の計上を近くの御影店で行えば足りるものを、自己の個人的関係からわざわざ遠方の朝霧店で行い、同店の特便で入金させるというコスト意識を無視する行為があった。

(五) 「全員朝礼に幾度か遅刻したことがあった」ことについて

原告は全員朝礼を主管する部門長としての立場にありながら、しばしば朝礼に遅刻していた。

(六) 「会社の駐車場での宿泊及び酒臭さをもって業務についた」ことについて

原告が会社の駐車場に自家用車をとめてその中で寝ているのを、出勤途上の部下に相当回数目撃されており、また業務中酒気をぷんぷんさせていることもしばしばあった。

(七) 原告の右飲酒運転行為は、特に前記通達を受けた六〇数名の部下を指導する立場の部門長としては遺憾な行為であり、原告の被告会社が命じた自宅待機の趣旨に反する右行為は、被告会社の調査を妨害するものでとりわけ管理職としては許されるべき性質のものではない。さらに原告が、前記のとおり朝礼にしばしば遅刻したり、部下の出した報告書を本社に提出しない行為は、自ら会社の規則を破るもので、部下を指導する立場を省みない行為である。また原告の前記酒臭さをもって業務に就いていたこと等は、部門長としての品格を失するものである。これらのことは原告が被告会社の管理職としてふさわしくないことを示すものである。

3  原告は、本件処分当時、非常に酒好きで深酒をする傾向があり、そのため前記のとおり飲酒運転をしたり、また駐車場で朝まで車の中で寝ていたり、酒臭い状態で業務についていたことがあったものであったため、被告会社の管理職としては不適格と判断され、また、原告には肝臓障害の疾病が発見されていたため、被告会社は原告に対して、本件処分と共に三ヶ月の療養を命じ、禁酒を要望したのである。従って、本件処分が被告会社の人事権の濫用に当たるなどということはないことは明かである。

なお、原告は、昭和五九年及び昭和六〇年の各三月の成人病予防検査において肝機能障害が存することが指摘されており、また、原告自身も肝臓が悪いと述べていたばかりでなく、その影響と考えられた斑点が手に現れたことがあったし、本件処分後ではあるが、昭和六二年一月二五日から二月一日までの期間、急性肝機能障害を理由に被告会社を休んだことがあった。

4  被告会社における管理職の降格処分は、以下のとおりのものであって、その法的性質においては懲戒処分ではない。

被告会社がその従業員を管理職に登用することは、労働契約関係における表彰ないし褒賞でないのと同様に、管理職からの降格も懲戒処分ではなく、私企業としての人事権に基づく従業員の適正配置の問題にすぎない。

降格された場合、その地位にあることから支給されている役付手当は当然なくなるが、それ以上のことはない。

被告会社においては、降格はしばしば行われており、原告もかつて降格された後、再び昇格をした経歴を有するものである。

5  被告会社の賃金体系について

(一) 被告会社においては、次長職以上の管理職には年俸制が実施されており、毎年六月から翌年五月までが一年度とされている。

原告の昭和六〇年度(昭和六〇年六月から昭和六一年五月まで)の年俸は金六三二万円であった。これを月例給料として、金三九万五〇〇〇円づつと、夏期賞与金六三万円、冬期賞与金九五万円に分割して支払っていたが、この他原告の場合には、職務手当として毎月一万円が加算されていたものである。

(二) 原告に対しては、昭和六一年四月分の給料は従前どおり(金四〇万五〇〇〇円)支払われたが、同年五月分は、年俸の中の役付手当一ヶ月五万円、職務手当一万円が控除され、課税上の調整金五六八〇円が加算された、金三五万〇六八〇円が支払われた。

(三) 昭和六一年度においては、原告は年俸制ではなく一般職の月例給与として、基本給三一万九二五〇円、家族手当金三万一〇〇〇円の合計金三五万〇二五〇円の毎月の給料と毎月食事手当四六〇〇円の他、残業手当、能率手当が支給された。また、夏期賞与は金五六万三七四〇円、冬期賞与は八四万六五一〇円が支払われた。

昭和六二年度は、基本給が金三二万二九五〇円、家族手当が金三万二〇〇〇円の合計三五万四九五〇円の毎月の給料の他、前年度と同様の諸手当と賞与として夏期金六〇万一九五六円、冬期金八八万一九三四円が支払われた。

昭和六三年度においては、昭和六三年一二月五日までにおいては、基本給三三万二四〇〇円、家族手当金二万八〇〇〇円(扶養家族一名減)の合計金三六万〇四〇〇円の毎月の給料と右同諸手当、夏期金五八万七四三二円の賞与が既に支払われている。

四  原告の処分理由に対する再反論

1(一)  原告が酒気帯運転を二回して免許停止処分を受けたことは認めるが、それによって、被告会社の企業イメージを含む信用を害することはなかった。被告会社では、原告の他に酒気帯運転が問題にされた者はない。

(二)  原告は、部長たる地位を利用して自己の立場を有利に導こうとしたことなどはない。また、原告は、被告会社に提出された嘆願書には何等関与していない。

(三)  原告は、これまで盗難、不正等事故原因と責任の所在が鮮明な事故報告は被告会社の本社の定められた部署に対して確実に報告していた。

しかし、物流部の前任者以前の時代から事故原因と責任の所在の判然としない商品不明事故等は通常的な管理上の商品ロスと判断し、「事故報告書」による報告は被告本社になされていなかった。商品不明事故は、「報告処理上の誤り」「商品の発送先外への移動」「社内外の不正盗難」等によるものであるが、その大部分が前二者に起因しているので、通常の管理上のロスであると判断した。そこで、原告は、前任者の処理方法を踏襲していたものである。

(四)  原告の息子が春休みで姫路から帰省するに当り、パソコン等の教材の一部を被告会社の車で運んだことは認める。但し、それは一回だけのことであった。

また、一般に販売者は、最も近い店を売上計上店に選択しているとは限らず、店の担当者との個人的な人間関係の度合いで選択しているのが実状である。キャンペーン時の入金は本来物流部と同一建物内にある輸送部において行うのがルールであるが、右輸送部の担当課長が原告に対して嫌味を言う等したため、売上計上店の朝霧店に入金したものである。

(五)  原告は朝礼を欠かしたことはない。被告が主張している遅刻とは、原告が「経営の基本方針」の唱和に約四〇秒遅れたことを指すものと考えられるにすぎない。

(六)  原告が被告会社の駐車場に原告の自家用車を止めることは黙認されていたものであり、原告がその自家用車で寝たのは、本件処分の一年半前のことであった。右のことについては、原告は当時訴外阪口から注意を受けたことで済んでいる。以後原告は、そのような行為はしていない。

酒気については、問題視される程の回数はなかった。

2  原告は、本件処分当時、多少肝機能に障害を有していたが、日常の労働には何等の差し支えはなかった。

(証拠等)<省略>

理由

一1  請求原因1に記載のとおり原告は、昭和三三年に家庭電気機械器具の販売卸売等の業を目的とする被告会社に雇用され、昭和五七年三月から部長職に就き、昭和六〇年二月二一日からはマーチャンダイジング部物流担当部長の地位にあったものであること、被告会社の職位の大系、並びに原告の被告会社における経歴が同2の(一)(二)に各記載のとおりであること、同3の(一)に記載のとおり被告会社においては原告に対し、昭和六一年四月一二日、本件処分を行ったこと、さらには本件処分前後の事情として、原告においては被告会社から昭和六一年三月八日に本件自宅待機を命じられたこと等の同4の(一)(二)(四)(五)(七)記載の各事実は、当事者間に争いがない。

しかしながら請求原因4の(三)記載の事実は、これを認めるに足る証拠はない。かえって、弁論の全趣旨からその成立が認められる乙第三号証、証人日出山八貞の証言によれば、訴外渡瀬においては、昭和六一年二月二日付けで物流部第一倉庫長からラビング事業部副長(呼称は課長)に当初から異動したことが認められる。

同4の(八)の、被告会社においては原告の上司にあたる物流部部長の訴外阪口を介して、原告に対して本件条件付解雇の意思表示をした等の主張事実については、原告本人尋問中にはこれに副う供述部分も存するが、同供述はその内容自体も不自然であるばかりでなく、これに反する証人日出山八貞、同阪口恵造の各証言に対比して判断すると措信できない。他にも右主張事実を証するに足る証拠はない。

2  また、原告においては、部長職にあるものとして、本件処分までは毎月二五日限り月額四〇万五〇〇〇円の月例給与を得ていたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、本件処分前後の原告の給与については、「三 被告会社の反論」5の(一)ないし(三)に記載のとおりであって、原告は、昭和六〇年四月一二日に本件処分を受け、その後の三ヶ月間は療養のため就業場所による勤務を免ぜられ、次いで同年七月一三日に被告会社の大調和哲科学研究所(以下調研という。)勤務の辞令を受けたことにより、昭和六一年五月以降においては、その月例給与に部長職としての役付手当五万円と職務手当一万円が付されないこととなったが、その代わりに家族手当(昭和六一年度においては月額三万二〇〇〇円)、その他の管理職には付されない手当の支給を受けることとなったこと、しかし、その収入総額においては減少したこと等が認められるところである。

3  原告は、「被告会社の就業規則では、懲戒の種類及び内容は懲戒解雇、出勤停止、減給、譴責の種類に限定されており、降格については規定がない。従って。懲戒処分としての本件処分は無効である。また、その右処分は、原告の弁明を十分に聴取しないでなされたものであるから、手続的にも無効である。」旨主張しているところ、成立に争いがない甲第三号証によれば、被告会社の懲戒の種類及び内容を定めている就業規則には、降格処分は定められていないことは当事者間に争いはない。しかし、企業において通常昇格・降格等と称されるところの、その従業員中の誰を管理者たる地位に就け、またはその地位にあった者を何等かの理由(業績不振・業務不適格を含む。)において更迭することは、その企業の使用者の人事権の裁量的行為であると一般的には解されるところであるから、これは就業規則その他に根拠を有する労働契約関係上の懲戒処分ではない。

従って、本件処分は就業規則にその根拠を有さない懲戒処分であるから無効である旨の原告の主張は採用できない。

また、原告は本件処分は、原告の弁明が十分に聴取されないまま行われた旨主張しているが、本件処分に当たっては昭和六一年三月一七日原告に対する事情聴取が行われたことは、当事者間に争いがなく、さらに<証拠>の一部によれば、右事情聴取は、被告会社の人事委員会によって本件処分理由とされた前記諸点を中心にして原告が被告会社と管理者の適格性を疑わしめた事項につき、約三時間にわたってなされたことが認められるのであるから、右主張も同じく採用できない。

なお、職務自体が適法に変更された結果その職務に応じた基準による賃金が支給されるのであれば、減給等の懲戒処分に該当しないものと解されるのであるから、前判示の事実関係から明かなように、本件処分に伴って為された原告の給与内容の変更(減額)は、前判示にかかる部長職の解任、原告の病気療養のためにその勤務を免ぜられたこと、及びその後における原告に対する調研への配置替えに基づくものであるから、本件処分に関連して原告の収入が前認定のとおり減じたことをもってしても、本件処分が懲戒処分に該当しない旨の前記判断を左右しない。

4  さらに原告は、本件自宅待機自体も懲戒処分である旨の主張をしているが、<証拠>によれば、本件自宅待機は「三 被告会社の反論1(自宅待機について)」に記載の経緯及びその趣旨として命ぜられたものであることが認められるのであるから、本件自宅待機は、懲戒処分としての出勤停止とは別に、解雇や懲戒解雇の前置措置として、それの処分をするか否かにつき調査または審議決定するまでの間、原則として賃金の支払い義務を免れないものの就業場所における就業を禁止するもので、就業規則その他に根拠を有する不利益処分ではない、単にいわゆる自宅勤務を命じたものに該当するものと解される。従って、原告の右主張も採用できない。

二 使用者が行う従業員の降格処分が同昇格処分と同様に使用者の人事権の裁量的行為に当たるものであることは前判示のとおりであるが、これが濫用にわたると判断されるときには無効と判断されることは、私法上自明のことであるから、次いで本件処分が右濫用に当たる旨の原告の主張に付いて検討する。

1 本件処分が為された前後の事情としては、本件処分は原告の請求原因4の(一)(二)(四)(五)に記載のとおり訴外渡瀬の告発文書にその端を発したものであることは前判示の事実関係から明かであるが、<証拠>によれば、右告発を受けた被告会社としては、直属の上司の公私にわたる行状を部下が告発するという異常事態に驚くと共に、右告発が前記のとおり多項目かつ大部なものでかつその内容についても問題があったことから、原告の影響を排除して原告の部下等を中心として多角的に事情を聴取する等して調査を遂げたうえで、被告会社の人事委員会において慎重に対処することとして、前記のとおり原告をとりあえず右自宅待機に処した上前記のとおりの原告自身の事情聴取を含めてその調査をしたところ、原告については「被告会社の反論」2の(一)ないし(六)記載の事実を確認し、右各行為は同2の(七)記載のとおり被告会社の管理職として原告をとどめておくには不適格なことを示す事由であると判断されたことと、原告の訴外渡瀬他の部下に対する指導方法には問題があり及び原告の本件問題に対する認識・対処方法には問題があるとの結論を得たため、それを理由に本件処分に及んだものであることが認められる。

2 また前掲各証拠によれば、原告は、昭和五九年及び昭和六〇年の各三月の成人病予防検査の定期検診において肝機能障害が存することが指摘されており、また、原告自身も肝臓が悪いと述べていたばかりでなく、その影響と考えられた斑点が手に現れたことがあったこと、またその肝機能障害の原因及び前記原告の管理職としての問題行為の大部分が原告の飲酒行為に起因しているものと判断したことから、右障害は未だ原告が日常業務に直接の支障を生じさせているとの認識ではなかったが、被告会社としては本件処分に付随して、これを機会に原告に対しては本件処分の日から三ヶ月間就業義務を免除して、右障害のための療養と併せてその原因除去のための禁酒をすることを本件処分をなすに当たって希望したことが認められる。

なお、原告は被告会社が本件処分の理由として主張した「原告処分理由に対する再反論」1の(一)ないし(六)に記載の前記認定に反する事実については、<証拠>にはこれに副う部分もあるが、これらは前掲各証拠に照らして措信できない。又は、右反論の主張内容自体が、原告が被告会社の管理職として適切か否かを判断する事由とは、直接の関連を有しない事由に関するものであって、前記認定を左右なし得ないものである。

従って、以上の事実関係によれば、被告会社が本件処分をなしたことが人事権の濫用に当たると判断することはできないし、他にこれを窺わしめるにたる事情は本件証拠上認められない。

3  なお、原告においてはこれまでに三回降格処分を受けたが、その後再度三回昇格したことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、被告会社においては一般的にこれまで降格処分は比較的になされていること、また一度降格された者が再度昇格することもまれなことではないことが認められる。

しかし、右各証拠によれば、右降格処分も一ランク程度の者が大部分で、二ランク以上のものはまれであり、それ以上の降格は異例のものであることが認められるところであるから、部長職から一般職への五ランクの大幅降格である本件処分の是非が問題となるようであるが、降格処分に処すること自体が権利の濫用に当たらないものと判断される以上、同処分の内容は被告会社の経営方針ないし経営内容上の判断に従ってなされるものであるから、これは明かにその内容においても不当なものであると見られないものであるときは、被告会社の判断を尊重すべき性質のものであると解される。右の点からすると、本件処分は未だ明かに不当なものとは認められない。

三  以上判示の事実関係及び判断によれば、原告の本件請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条に則って、主文のとおり判決する。

(裁判官廣田民生)

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